ライター・森川洋
25畳ほどの大きさの店に、下駄(げた)や雪駄(せった)、草履、わらじが並ぶ。岐阜県高山市の中心部、上一之町にある和装履物の専門店「まえだ」はほぼ1世紀、高山祭の「足元」を支えてきた。92歳の前田まさ子さんが独りで店を守ってきたが、来年4月の春の高山祭が終わったら、閉めるという。
東京・浅草などから鼻緒と台を別々に仕入れてすげるのが「まえだ」の流儀だ。足を台に乗せてもらい、合わせながらすげることもある。
品質にこだわり、鼻緒は主に絹が使われる。値段は下駄が4千~8千円、草履が1万~2万円台。雪駄は、表がタケノコの皮や籐(とう)、裏が牛革だと3万円近くと安くない。わらじは作り手から直接仕入れている。
創業は「100年ほど前の大正後期」という。店に残る「昭和十五年」(1940年)版の「高山履物組合」の名簿によると、当時の組合員は49人。1952年に22歳で結婚したまさ子さんは、創業者の義父太津蔵さんと店を切り盛りした。「同業が55軒あったこの少し後の頃がピークかな。みんなが下駄や草履を履いていた時代」と振り返る。昭和時代の飛驒高山は普段の暮らしの中で和装が息づき、郡部からも買い求める客でにぎわった。
昭和の往時を知る前田さんが、商いを続ける思いを語ります。
太津蔵さんに続き、義母が30年前に亡くなってからは独りで商ってきた。3年前に他界した夫の政一さんは、旧国鉄高山線の運転士を定年まで務め、店には携わらなかったが、春の高山祭では屋台の運営を仕切る重鎮だった。
春、秋の高山祭で、屋台を守…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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