毎年、日本列島に上陸し、大きな被害をもたらす台風。暴風雨は言うまでもなく、高潮や高波にも警戒が必要だ。高潮の被害が顕著で、5千人以上の死者、不明者が出た1959年の伊勢湾台風から今年は60年の節目。高潮はどんな仕組みで引き起こされるのか。台風への備えはどうすればよいのか。
大潮で満潮時に高まる危険
昨年9月、非常に強い台風21号が近畿地方を直撃した。潮位が大阪市で329センチ、神戸市で233センチに達するなど、記録的な高潮が発生した。
関西空港(大阪府)は大規模に浸水し、大勢の旅行客が取り残された。神戸市にある人工島の住宅街なども浸水。兵庫県芦屋市では海に流れ込めなくなった川の水が、市街地であふれた。また、港湾施設などがある「堤外地」と呼ばれる堤防の外の低地では、コンテナの流出や、自動車の火災などが相次いだ。水につかった車両は電気系統がショートするなどし、火災のおそれがある。
大阪湾港湾等における高潮対策検討委員会の委員長を務めた大阪大の青木伸一教授(海岸工学)は「台風21号はスピードが速かったため、風が強く、高潮や高波をもたらした。特に堤防がつくられた後に開発された堤外地での被害が多かった」と振り返る。
高潮は台風や発達した低気圧が通る際に、海の潮位が大きく上昇する現象だ。主な原因には「吹き寄せ効果」と「吸い上げ効果」の二つがある。
「吹き寄せ」は、暴風によって海水が吹き寄せられることで、海岸近くの海面が上昇する。風速の2乗に比例して上昇幅が大きくなるという。
「吸い上げ」は台風の外側の気圧の高いところでは空気が海面を押し、気圧の低い台風の中心では海面が吸い上げられて潮位が上昇する。1ヘクトパスカルの気圧低下でおよそ1センチ上昇するとされる。
また、台風の速さやコースでも高潮の危険性は変わる。台風は進行方向に対して右側が「危険半円」と呼ばれ、風が強くなりやすい。台風が北上している場合でいうと東側に当たる。台風に吹き込む風と台風を移動させる風が同じ向きになるためだ。
大阪湾や伊勢湾など南に開いた湾の西側を速い速度で北上した場合、東側に位置する湾に強風が吹き込み、吹き寄せ効果で大きな高潮が起きやすい。昨年の台風21号がこのケースにあたる。さらに、大潮の時期の満潮の時間帯に重なると特に危険だ。
台風21号では、過去の高潮被害を教訓に整備された堤防や水門が市街地の浸水を食い止めた地域も多かった。第2室戸台風の高潮被害を受けて、1970年に大阪湾に注ぐ川に「安治川水門」「尻無川水門」「木津川水門」の三大水門が完成し、その後、川にたまる水を排水するためにポンプを備えた排水機場も設置された。台風21号では、水門の閉鎖と排水機場の運転で大阪市内への浸水を防いだ。三大水門は老朽化しており、今後約20年、360億円かけて更新していくという。
青木教授は「今後は地球温暖化により、強い台風がさらに発生しやすくなるため、どこまでの高潮を想定するべきかは今後の検討課題だ。これまで被害の少なかった関東などでも警戒を強めなければならない」と話す。
ガラス飛散、停電に備え必要
暴風自体への警戒も必要だ。最大風速が毎秒33メートル以上で「強い台風」、44メートル以上で「非常に強い台風」、54メートル以上で「猛烈な台風」と呼ばれる。風速が20~30メートルだと何かにつかまっていないと立っていられないほどで、35メートル以上になると樹木やブロック塀が倒壊するおそれがある。
実際、「非常に強い」状態で近畿地方を縦断した台風21号は、大阪市の御堂筋でイチョウ並木の一部をなぎ倒した。京都大の研究チームは、この周辺で瞬間的に毎秒60メートルを超す暴風が吹いたと推計する。高層ビルの間などで局所的に風が強まったとみられる。
暴風により、人に被害を与える危険性が高いのがガラスだ。台風21号では、大阪市のマンションで飛来物が窓を突き破り、70代の女性が亡くなった。JR京都駅ビル(京都市)でも飛来物により屋根ガラスが割れ、3人がけがをした。
台風は来るのが事前に分かるため、備えをしておくことが重要だ。
京都大の丸山敬教授(耐風構造)は「建物に物が飛んできたときに一番弱いのがガラスだ。風圧には耐えられても、飛来物に耐えるようにはなっていない。合わせガラスにするのが一番良い」と話す。台風直前の備えとして、雨戸やカーテンを閉めたり、ガラスにテープを貼ったりすると飛散防止になるという。
風でとばされないように、屋根瓦や植木、物干しざお、看板などが固定されているか確認したり、屋内に取り込んだりしておくことも重要だ。ガラスの飛散に備えて室内に靴を用意しておくと良い。
さらに、暴風が原因で停電になることも多い。台風21号では電柱が倒れるなどして、関西電力管内で延べ約220万軒が停電した。丸山教授は「より強い台風が襲来した場合、さらに多くの電柱が被害を受け、停電が長期化する恐れがある」と懸念する。
停電や断水に備えて携帯電話やパソコンなど充電できる電化製品は充電し、浴槽に水をためておくことも有効だ。一定期間は対応できる備蓄も必要だ。
台風は高潮や暴風だけでなく、土砂災害や洪水などの災害ももたらす。接近する前に、浸水や土砂崩れなど発生する恐れのある災害の種類や、避難経路、避難場所などを自治体のハザードマップで確認しておくことが大切だという。
沿岸部や河川に近い地域など、浸水の可能性がある地域では、台風の接近前に家財や家電製品を2階など高いところに移動させておくとよいという。
そして、台風が接近してきたら、自治体などが出す避難に関する情報に注意する必要がある。
「避難準備・高齢者等避難開始」は、避難に時間がかかる高齢者や、障害者らとその支援者の避難の目安だ。「避難勧告」や「避難指示(緊急)」が発令されたら災害が発生するおそれが極めて高い。速やかな避難が必要だ。
高潮の際は潮位が急速に上がるが、その前から暴風によって避難が難しくなる場合がある。避難情報が出ていなくても危険を感じれば自主的に逃げるなど、状況に応じた対応をすることが、命を守ることにつながる。(鈴木智之、編集委員・瀬川茂子)
懸念される高潮、洪水被害
首都圏でも高潮や洪水被害が懸念されている。東京都などの検討会は昨年6月から避難方法や避難場所の確保などについて、議論を続けている。
荒川と江戸川の氾濫(はんらん)などが同時に起きた場合には、これらの川や東京湾に接する東部5区を中心に、広域避難する都民は最大で255万人に上ると想定。だが都内の施設に収容できるのはこのうち3分の1にとどまる見込みだ。海抜ゼロメートル地帯が7割を占める東京都江戸川区は、大規模水害が起きると、ほぼ全域が1~2週間以上浸水すると予測した。5月には「ここにいてはダメです」「浸水のおそれがないその他の地域へ」などと記載した水害のハザードマップを全戸34万世帯に配布し、大きな反響を招いた。
最悪時の想定だが、早めの避難と避難先の確保が要諦(ようてい)で、区は発生が見込まれる3日前には防災行政無線などを使って避難の検討を呼びかけることにしている。また6月、住民説明会を開き、親族や友人宅など避難先を区外に確保するよう求めた。(金山隆之介)
60年前の伊勢湾台風
高潮被害で今も語りつがれるのは1959年9月の伊勢湾台風だ。
国の中央防災会議がまとめた報告書によると、紀伊半島に上陸時の中心気圧は、極めて低い929・6ヘクトパスカル。名古屋港で9月26日夜に潮位が3・89メートルまで上がり、港につながる貯木場から木材が押し流された。大量の木材は高潮とともに名古屋市の南区や港区などの市街地を襲った。
当時、名古屋市南区の中学校に通っていた愛知工科大名誉教授の高橋義則さん(74)=三重県四日市市=は「水かさが増えていく中、家族で避難した」と振り返る。逃げ込んだ中学の木造校舎は、2階の廊下まで避難者でいっぱい。水は校舎に入り込み、階段を1段1段、のみ込んでいったという。幸い、2階まで水は来なかったが、「いったいどうなるのか」と不安な夜を過ごした。全国で5千人超の死者・行方不明者が出たうち、南区だけで犠牲者は約1400人を数えた。
高潮は海岸堤防を壊し、伊勢湾岸で、海面より地面が低い「海抜ゼロメートル地帯」で知られる愛知県西部や三重県北部まで浸水が広がった。報告書によると、浸水面積は名古屋市域にほぼ匹敵する310平方キロ。堤防の締め切りや排水に時間がかかり、浸水地域がなくなったのはその年の12月下旬だったとされる。
伊勢湾台風後、名古屋港などの沖合に高潮防波堤が建設された。しかし、国土交通省中部地方整備局などは2005年に米国を襲ったハリケーン「カトリーナ」などをふまえ、「スーパー伊勢湾台風」の襲来もありえると考えてきた。東海3県の自治体や学識者らが立ち上げた協議会は17年、伊勢湾満潮時に室戸台風級(910ヘクトパスカル)が来た場合の被害想定を公表。名古屋港周辺で数メートルの高潮が押し寄せ、伊勢湾岸で約490平方キロが浸水、愛知、三重両県の計13市町村で約36万人の避難者が出ると見込んだ。
そのうち14万5千人については、自宅付近に高所の避難場所がない。浸水が長期に及ぶことも予想されるため、自治体をまたぐ「広域避難」が必要だという。だが、広域避難の受け入れに向けた自治体間の取り決めは進んでいない。(木村俊介、古庄暢)
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〈高潮〉 台風や強い低気圧で波が高くなると同時に海面の水位が上昇する現象。沿岸部に大量の海水が流れこむため、低地では浸水被害が一気に広がり、人命や家屋、インフラなどに様々な被害が生じる。60年前の1959年9月に起きた伊勢湾台風では5千人超が犠牲になった。
国は2015年、水防法を改正。大きな被害が心配される東京湾、伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海、有明海、八代海に面する19都府県に対し、来年度までを目標に浸水想定区域の公表を求めてきた。リスクのある地域を事前に示すことで、高潮の脅威に早めに備え、人的被害を軽減する狙いがある。ただ区域を公表しているのは、東京、千葉、神奈川、兵庫、福岡の5都県にとどまっている。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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