「猫島」「猫の楽園」と呼ばれてきた小さな島が瀬戸内海にある。岡山県西部、笠岡諸島の真鍋島。古い港町で穏やかに暮らす猫たちに会いにくる人はコロナ禍でも途切れない。そんな島に異変が起きている。
周囲約7・6キロ、人口170人ほどの島を訪れたのは昨年12月のよく晴れた日だった。
笠岡港(笠岡市)から定期船で約1時間。船を下りて船着き場のそばにいると、茶や黒、三毛の猫たちがそこかしこから現れる。防波堤やベンチに寝そべるのは10匹前後。やわらかな日差しを受けながら、体を伸ばしたりあくびをしたり。どれも体格と毛並みがよく、足元に体をすり寄せてくる。
漁師らが余った魚を与え、船や家の周りで面倒をみる。島で昔から続く、人と猫の関係だ。
そんな猫たちがにわかに世界の注目を集めたのは2010年。きっかけは、仏のイラストレーター、フロラン・シャヴエの旅行記だ。2カ月の滞在で見聞した島の営みを紹介しながら、猫たちをギャングになぞらえ、五つの勢力に色分けしてユーモラスに描いている。海外の旅行雑誌でも紹介された。
観光客は目に見えて増えた。まずは海外から、そして国内からも。笠岡市によると、10年は3800人だったが、15年には5900人となり、19年まで5千人前後で推移した。
「びっくりするくらい人が来た。話を聞かせてもらうのが本当に楽しかった」
船の待合所で切符売りをしていた中室敦美さん(54)は、5人の子を育てる「ハッピーファミリー」として旅行記にも登場する。隣の広島県福山市から移り住んだのは08年。いまは船着き場の近くにいる約10匹の猫たちを世話している。
人口減と歩調合わせるかのように…
4年前、30匹ほどの面倒をみていた男性が亡くなり、引き継ぐ形になった。「餌がなくなってけんかしたり、民家に忍び込んで食べ物をあさったり。共生してきた猫が悪者扱いされるのが忍びなかった」。訪れる人に島を好きになってほしい。そんな思いもあって朝と夕、決まった時間に餌を与え、食べ残しやふんを片付けている。
ただ、観光客が増えたことで、そのひずみも目につくようになった。道路に寝そべってカメラを構える人、菓子やパンで気を引いて猫にポーズを取らせる人。「ここなら幸せになれる」と飼い猫を捨てに来た人を諭したこともある。
いま、島の人たちは「決して猫の楽園ではない」と口をそろえる。島は人口減と高齢化の一途。それに合わせるように猫の世話をする人も減っている。中室さんは、自費やカンパで不妊・去勢手術を受けさせ、飼い主になってくれる人を探してきた。100匹以上ともいわれた猫は、「いまは40匹いるかどうか。最近は子猫を見なくなった」と話す。
「今いる猫たちが天寿をまっとうしたら、私の務めは終わりです」(小沢邦男)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル