ネモフィラで有名な国営ひたち海浜公園(茨城県ひたちなか市)に近い国道245号沿いに1月、赤と黒が目立つ自動販売機が設置された。陳列棚をのぞくと、飲み物のペットボトルの下段に黄金色の品物、650円也。そう、茨城が誇るあのお菓子。干し芋だ。
全国有数の産地として知られる同市には400軒以上の生産農家がいる。しかし、市農政課の担当者は「干し芋を売る自販機は聞いたことがありません。おそらく初めてですね」。
置いたのは同市の干し芋農家、黒澤太加志さん(43)。半生に近い「平干し」と、とろっとした口どけが特徴で一口サイズの「丸干し」の2種類から選べる。近くには大型商業施設もあり、「往来の客が買うんじゃないかと思って。今までにない売り方もしてみたかった」。狙いは当たり、天気の良い休日は売り切れ、1日に2回補充することもある。
生産を始めて6年の「新参者」。アイデアの源泉は過去の仕事で培ったセンスだ。祖父の代からの干し芋農家に生まれたが、高校卒業後はバイク業界に進んだ。つくば市にあるハーレーダビッドソンの販売代理店で働きつつ、趣味で自らレースに出場していた。
2013年、父が脳腫瘍(しゅよう)で倒れて入院した。家業の廃業を考え、生産用の乾燥機を処分しようと設備業者に相談すると「まだ使えるのにもったいない。後を継ぐ若い人も多いよ」。
その言葉で転身を考え始めた。業者のホームページをのぞいた感想は「見栄えがぱっとしないなあ」。昔ながらの直売所で売るスタイルが多く、イメージが固着してしまっているように感じた。バイク販売店での仕事は、客の好みに合わせたカスタマイズ。畑違いだが、自信のあった「商品をかっこよく見せるセンス」は発揮できると思った。
14年10月から同じく一大産地の東海村の農家で半年間修業。翌春に干し芋作りを始めた。色みや柔らかさを吟味し、スイーツ感覚で食べられるよう、半生に近い食感のものや、一口サイズも開発した。前職で培った「商品の見せ方」が生かされたのはパッケージだ。黒い箱に「紅はるか」の葉をあしらった「HIB」(ホシイモベース)のロゴをデザイン。商品名も最初は一般的な「丸干し」「平干し」「B級」だったが、個性を出そうと丸干しを「ゴールド」、平干しを「ホワイト」に変えた。
赤と黒の米国風ガレージが店舗兼工場で、販売拠点でもある。店内は薄暗く、ショットバーのような風情。メニューも置いてあるが、注文できるのは持ち帰り用の干し芋。酒やコーヒーは頼めない。「ここで干し芋?」とけげんそうに尋ねる客もいる。
開業以来、売り上げ前年比2割増を続けてきたが、昨年はコロナ禍による巣ごもり需要で通販を中心に5割増に。贈答用の需要が多く、鹿児島県や大阪府からも注文がある。「客が食べたくなる『かっこいい商品』の追求。このスタイルは変えません」(鹿野幹男)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル