2度の政権交代、揺れ動いた司法判断 諫早湾干拓が残した大きな禍根

【動画】諫早湾を閉め切った潮受け堤防=堀英治撮影

 26年前に諫早湾を閉め切った堤防排水門を再び開けるのか。揺れ動いた司法判断は「開門せず」で決着した。開門を命じた最初の地裁判決からは15年。政治に振り回された長い裁判は、大きな禍根を残した。

 大規模な農地造成などを目的にした国営事業は、自民党政権が進めてきた。

 1997年に排水門が閉め切られると、有明海ではノリが大凶作になるなどの漁業不振が起きた。閉門の影響を疑った漁業者らが開門と調査を求めた裁判で、2008年に佐賀地裁が開門を命じる判決を出したが、国は控訴した。

 事業を進めた自民党政権下の国は一貫して開門に反対の立場だったが、09年の衆院選で「コンクリートから人へ」を掲げた民主党(当時)が政権を奪い、風向きが変わった。

 地裁に続いて10年に福岡高裁も開門を命じると、当時の菅直人首相は上告を求めた農林水産省側を押し切り、「政治判断だ」として上告を断念。最高裁が判断することなく、「開門」の判決が確定した。

 しかし、12年に自民党が政権を取り戻すと、国の態度は再び開門反対に戻る。

 開門命令に反発した干拓農地…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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