息子の生きた証しを残したい‐。福岡県筑後市長浜の渡辺義幸さん(83)が、2018年1月に自宅(八女市上陽町)の火災で亡くした長男、幸一さん(享年20)の追悼集「20歳で旅立った 渡辺幸一の思い出」を作った。高校時代文芸部員だった幸一さんがつづった短編小説や焼け残った幼い頃の写真、友人からの寄稿などを収録。家族や友人らの心の中で生き続けてほしいとの願いが込められている。
幸一さんは、高校教諭だった渡辺さんとフィリピン人の妻で元英会話講師のジョセリンさん(55)の一人息子。結婚12年目、長年の不妊治療を経て授かった命だった。「夫婦にとっては奇跡の子。みんなが嫌がることも率先して行う、とても良い子だった」と渡辺さん。小学生の頃は絵を描くことが好きで、コンクールでは何度も入選。久留米工大在学時に所属した吹奏楽サークルではテナーサックスを担当した。
自宅が火災に見舞われたのは、成人式を友人らと祝って間もない18年1月23日早朝だった。幸一さんはいったん玄関付近まで逃げ出してきていたが、火の海となっていた2階の自室に再び向かい、そのまま帰らぬ人となった。「何か大切なものを取りに行ったのだろうが、引きずってでも止めればよかった。命より大事なものはないのだから」と声を震わせる。
追悼集制作のきっかけとなったのは、火災から3カ月ほど後に開いた「お別れの会」。高校時代の文芸部顧問から幸一さんが書いた小説など作品集を手渡された。「こんな文章が残っていることは全く知らなかった。なんとか形に残してあげたい」と自費出版することを決めた。
写真や絵画などはほとんど燃えてしまったが、焼け跡からわずかに見つかったアルバムに加え、幼なじみらの協力を得て幸一さんの生前の写真を集めた。寄稿された追悼文には、「ハンサムで、物静かで穏やかで、(中略)安らげるような雰囲気を持つ生徒でした」(高校の恩師)「来年の定期演奏会でさち(幸一さんの愛称)の楽器置いとくけん」(大学サークルの仲間)など、多くの人に慕われていた人柄が浮かぶメッセージが並ぶ。
渡辺さんは「幸一の仲間の力を借りてようやく出版でき、私たちにも生きる力がよみがえってきた。この追悼集を読んで、息子のことを思い出してもらえれば」と話している。
希望者には追悼集を販売する。A5判109ページ。
西日本新聞社
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