韓国が独裁政権下にあった1970~80年代、母国に留学していた在日韓国人たちが情報機関の拷問によって「北朝鮮のスパイ」にでっち上げられ、投獄される人権侵害が起きた。その象徴的存在とされ、死刑判決を受けた大阪市生野区の李哲(イチョル)さん(72)が今月、手記を刊行した。自由の身になって33年。封印を解いたのは民主主義が壊れる危機感を抱いているからという。26日に出版の集いが開かれる。
「独裁権力の暴力に深く傷ついた在日同胞の被害者と家族に、大統領として国家を代表して心から謝罪する」。2019年6月、大阪市で開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の前日、李さんは妻閔香淑(ミンヒャンスク)さん(71)とともに文在寅(ムンジェイン)大統領が出席する懇談会に招かれた。韓国大統領が在日の元政治囚をめぐる人権侵害で謝罪するのは初めてだった。
韓国で「在日同胞スパイ捏造(ねつぞう)事件」と呼ばれる一連の冤罪(えんざい)事件は、朴正熙(パクチョンヒ)、全斗煥(チョンドゥファン)元大統領らによる軍事独裁政権時代、北朝鮮への恐怖心をあおり、強い権力の必要性を知らしめる狙いでなされたとされる。
李さんは13年間の獄中生活を経て、1988年に仮釈放。いつか2人の子どもたちに読んでほしいと、仕事の行き帰りの電車でひそかに書きためた手記は大学ノート7冊分になっていた。「恥ずかしい内容で公開するつもりはなかったが、民主主義が後戻りしないように多くの人に読んでもらうことに意味があるかもしれないと思うようになった」と語る。
熊本県生まれの在日韓国人2世。中央大を経てソウルの高麗大大学院生だった75年12月、下宿先から目隠しをされて韓国の中央情報部(KCIA)本部に連行された。地下調査室で39日間拷問され、虚偽の自白を強要された。韓国メディアは当局の発表通りに、在日留学生らが北朝鮮の指令で活動した「学園浸透スパイ団事件」だとセンセーショナルに報道した。
「ある日突然連行された無防備な人は拷問の専門家であるかれらにはいとも簡単に料理できる獲物。もし力道山が連行されたとしても結果は同じだろう」。手記には過酷な取り調べの一部が詳細に記されている。服を全部脱がされ、木の棒でめった打ちにされる。性器にたばこの火を近づけられる。夜、何度も同じ質問を繰り返し、眠らせない。人格が粉々に破壊され、「自分が悪い」という思考に仕向けられていった。「記憶がよみがえるのが苦しく、全部は書けなかった」という。
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77年3月、国家保安法違反などの罪で韓国大法院(最高裁)の死刑判決が確定。婚約者だった閔さんも連行され、3年6カ月の実刑判決を受けた。
「愛する婚約者まで監獄に入れてしまったという自責感のために、私のような者はいっそ死んだほうがましだとさえ思っていた」(手記より)
生きる意欲を回復したのは…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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