改正放送法が5月に成立し、NHKの放送番組をインターネットで常時同時配信することが可能になった。今後、NHKはインターネットへの展開をより強化していくことが考えられるが、NHKのあり方については、「NHKから国民を守る党」が参院選で1議席を獲得するなど、国民の不満も顕在化している。
常時同時配信のもたらす意味は何なのか。今後、NHKのネット展開が進む中で、何が変わるのか。弁護士ドットコムニュース編集部では、放送法改正をめぐり、衆議院総務委員会で参考人として意見を述べた、宍戸常寿・東京大学教授(憲法・メディア法)、中村伊知哉・慶應義塾大学教授(メディア政策)、砂川浩慶・立教大学教授(メディア論・放送制度論)の3人に意見を聞いた。
この記事では、宍戸教授へのインタビューを紹介したい。
●NHKに対するガバナンスの強化も重要ポイント
ーー常時同時配信の実現について、どう捉えていますか?
2002年にNHKオンデマンドの実現に向けた議論をしていたときから、公共放送がインターネットを活用することは当然だと思っていました。
あとは具体論として、技術的課題と負担の問題、そしてNHKの業務範囲の拡大が言論空間の健全性をゆがめないかというバランスの話がありましたが、長年かけて実現したことは、よかったのではないかと思います。
ーー常時同時配信以外に注目すべきポイントはありますか?
あまり注目されていませんが、今回の改正法のもう一つの柱は、NHKのガバナンス強化です。報道機関である公共放送への規律を強めることは簡単にやってはいけないのですが、いくつも不祥事が生じている反面、民間企業全体のガバナンスは非常に強化されています。また、NHKの関連子会社やグループへの規律が弱いのでないかという指摘もあります。
このような状況を踏まえ、会社法や独立行政法人通則法を参考にした、規律を入れることになりました。
放送法の改正では、役員(経営委員・執行部)のNHKに対する忠実義務の規定や、子会社の規律、中期計画の策定・義務づけ、経営委員会による内部統制の強化、監査機能の強化などが入りました。
今回の法改正は、常時同時配信を認める代わりにコンプライアンスの強化を求めるという「アメとムチ」ではありません。両方ともに、新しい時代の公共放送に必要なことです。
●ネット時代の受信料はどうなるのか
ーー常時同時配信の実現にあたっては、放送の補完的なものと位置付けて、受信料の制度には手をつけませんでした。しかし、裁判にもなっているように、受信料については根強い批判もあります。今後、NHKがさらにネット展開を強めていくにあたり、受信料については、どう考えればいいのでしょうか?
問題を大きく整理すると、そもそも公共放送が必要かどうか。次に必要だとするならば、その財源は税金か、受信料か、広告収入か、それとも有料放送にするかという分け方ができます。第三に、財源を受信料にするということであれば、受信料を支払う人の範囲をどう確定させるかという議論になります。
まず、財源を税金にすることは難しいでしょう。国会・政府と公共放送の距離を近づけてしまうことになります。日本がリベラルデモクラシーの一員としてやっていくのなら、政治から一定程度独立した公共メディアがあることは重要です。
他方、日本ではあまり知られていませんが、世界的には、公共放送が広告収入を得ることは普通にあります。日本では、NHKに広告収入を認めない結果として、民放は広告収入で潤っている部分もありますが、二元体制の観点からそのままでいいと思います。
あとは、実際にNHKの番組を見る人に限って現実の負担をお願いするかどうかですね。単にテレビを持っているだけの人からは受信料を取らない、という考え方です。N国党はNHKのスクランブル化を最終的な目標に掲げていますが、これは真面目に受け止める必要があります。
そのうえで、私自身は、基本的には今の受信料制度のように、テレビを保有するという広い意味での放送の利用者に負担をお願いするやり方がいいと考えています。その理由は、いくつかあります。
まず、NHKの番組を普段見なくても、災害など何かあったときに見ることができます。また、NHKと民放の二元体制により、NHKに何か問題が起きると民放が批判する一方で、受信料財源による質の高いNHKの番組があるからこそ、広告収入に依存する民放も同じプロとして競争しようというインセンティブがはたらきます。放送全体を支えるものとして、今までの仕組みは合理的だと思います。
ーーネットでNHKの番組を見ることが広がっていった場合、受信料負担の範囲はどうなっていくのでしょうか?
全世帯受信料なのか、ネット受信料的なものか、認証端末をベースにした制度にするのかなど、いくつかの考え方があります。
テレビだけでなく、ネットも使わないという人も含めて、全世帯から負担金をとるドイツの仕組みは、個人の根源的な自由を侵害する程度が強く、私は反対です。ドイツには教会税(公の宗教団体のために国家が住民から税を徴収するしくみ)があるように、公共的なものをみんなが負担するために、政府がかわりに徴収しても問題が起きない国で、メディア環境を含めて日本とは事情が違います。
次に、ネット利用者であればNHKの番組を見る・見ないにかかわらず受信料をとるというネット受信料の仕組みにも、私は今のところ反対です。テレビは嫌だ、放送は嫌だ、ネットだけで情報を収集したいという人の自由もあるはずです。それを制限するところまで、日本のメディア環境は深刻な状況にありません。
今の時点では、アプリを入れるなどして、スマホやパソコンを「テレビ」として使う人に受信料負担を求めるというのが限界だと思います。
注意すべき点は、今回の放送法改正は、そのもう一歩手前の段階にとどまっている、ということです。今回の同時配信は、放送の補完、いわばモアサービスとしての位置付けであり、同時配信を制限なく利用できるのは、NHKと放送受信契約を結んで受信料を払っている世帯です。この一歩先に進むことも、現段階では時期尚早でしょう。
●N国現象をきっかけにして、国民的な議論を
ーー「N国」が台頭してきたことについて、どう考えればいいのでしょうか?
これまで公共放送のあり方をめぐる議論は、メディア業界、研究者、総務省などの関係者の間で、いわばクローズドなやり方で進められてきました。NHK自身も、視聴者ではなく、他の放送局や政治の動きの方を重視してきたように感じます。国民が不満をもったり、受信料制度に疑問を感じたりするのも当然で、その意味でN国現象は不思議なことではありません。
公共放送、そして放送や世論をどうしていくのか、国民全体が関心をもって、議論するきっかけにすべきです。
何よりもNHK自身が、どのような人々に、どのような理由で嫌われたり、受信料の支払いを拒否されたりしているのか調べて、公共メディアとしての自らのあり方を不断に見直し、丁寧に説明していくべきです。
ーーあまり国民と向き合っていないということでしょうか?
受信料を徴収する人が苦労していることは間違いありません。プロデューサーもディレクターも記者も一生懸命やっていると思います。全体としてNHKの番組は質が高いと思っていますが、説明不足をはじめ、改善が望まれることはあります。
たとえば、N国党やれいわ新選組を参院選中に他の党と同等に取り上げなかったことについて、なぜなのかという批判が強まっています。NHKは、選挙報道の公平・中立を、他の放送局以上に重く見て、あらかじめガイドラインを定めていますが、その範囲内で対応したといえるのか、情勢を見て別の対応をしなかったのは適切なのかなど、対外的に十分に説明し、見直すべきは見直すべきです。
もっと広く視聴者の声を聞いて制作や編成に活かしていこうという、オープンな構えが必要な時期に来ているのではないでしょうか。一般にマスメディアは、ネットやSNSの普及による、社会や価値観の多様化についていけていない部分があります。その点でも、NHKは常時同時配信により、視聴者との向き合い方を変えるべきでしょう。
この問題で本当に注目すべきは、ガバナンス改革でNHKが変わるのか、変わらないのかということです。
ーーガバナンスのどこに注目すべきでしょうか?
仕組みがわかりにくいのですが、NHKの場合、執行部とは別に経営委員会があります。経営委員会が重要事項を議決して、総務省や内閣、最終的には国会がNHKを監督するという複雑な構造になっています。NHKは、総務省や国会にきちんと説明できればいいという面が強かったのですが、もっと直接的に、国民に理解してもらう取り組みが重要です。
NHKは番組の価値についても、膨大なデータや指標によって分析していますが、表に出たり説明されたりしているものは少ないように思います。取材をして質の高い番組を制作して放送するためには、これくらいのお金が必要だということを、もっと説明しないといけないでしょう。
少子高齢化が進み、世帯数も人口も減少して、日本の全てのサービスに大きな影響がある中で、放送も先を見た手を打たなければいけません。
たとえば、受信契約の単位を世帯から個人に変えるべきではないのか、テレビ離れが指摘される若い世代からは受信料を取らないほうがいいのではないか、といった考え方もあるでしょう。
社会の構造変化が生じて、メディア環境を再構築するうえで、NHKをどうするのか、まずはNHK自身が自らのあるべき姿を提起して、視聴者・国民全体で議論できる環境を作るべきです。
●守るべきは公共放送の機能、民間放送の意義
ーー民放も含めたメディア環境全般に対して、常時配信はどう影響するのでしょうか。特に、民放の場合は、キー局だけでなく、ローカル局もあります
これまで地方では、新聞社が強い力を持つ中で、NHKとローカル局が言論の多様性に大きな役割を果たしてきました。今後、新聞社が厳しい状況を迎える中で、日本各地で起きる事件を報道して、地域の情報が国全体として共有されるためにも、地域に取材網があることは極めて重要なことです。
これまでの基幹放送は、原則として県域で放送免許が認められてきました。しかし、今後の日本社会において、都道府県という単位に絶対的な意味があり続けるのかは、疑問です。民放4社が争う広告市場として、県という単位が維持できない地域も出てくるように思われます。
NHKの常時同時配信によって、放送と通信の融合をめぐる、最後のパンドラの箱が開きます。キー局が提供する全国ネットの番組はインターネットでも視聴できる流れになります。放送の区域の柔軟化や、チャンネルの大規模な再編も、今後避けては通れないでしょう。 ローカル局も、地域に根ざしながら、視聴履歴を活用するなど競争して、よりイノベーティブになってほしいですね。
ただ、2018年に噂されたような、急激な規制緩和は劇薬で、場合によっては放送や世論を不安定化させかねません。緩やかに、放送をめぐる規律の見直しや業界の進むことになるでしょう。
守るべきは、公衆を形成する放送の機能そのもの、すなわち公共放送の機能、民間放送の意義であって、今の事業者すべてがそのままに存続することではありません。
改正放送法の20条14項には、NHKがインターネット配信をするうえで、他の放送局が実施するインターネット配信の円滑な実施にも協力しなければならないということが明記されています。これはかなり重要な規定で、NHKと民放が一緒にやることに意味があるわけです。改正法案の議論に関わった立場でいえば、この規定こそ放送法改正の精神を反映するものとして、強い思いを込めています。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース
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