四国を横切る吉野川が流れ、手延べそうめんの里として知られる徳島県西部のつるぎ町。約8千人が暮らす町の医療を支える町立半田病院がいま、未曽有の脅威にさらされている。
11月中旬。病院を訪ねると、閉じられた受付と会計窓口が目に入った。待合室には長テーブルが置かれ、「内科」「産婦人科」「小児科」などの臨時窓口が設けられていた。
いすに腰掛ける高齢の女性に、職員が話しかけた。
「おばあちゃん、お名前や住所をこの紙に書いてもらっていい?」
長く半田病院に通うという女性の個人情報を、職員が一つひとつ確認していた。紙のカルテを作り直しているという。
女性は記者に言った。「ウイルスにやられたんだって。もう何が何だか」
「ウイルス」と言っても新型コロナではない。コンピューターウイルスだ。
10月31日午前0時半ごろ、病院内のパソコンやサーバーに仕掛けられたウイルスが発動した。ウイルスの指令で病院内にある十数台のプリンターは一斉に、英文の「犯行声明」を大量に吐き出した。
「あなた方のデータは盗まれ、そして暗号化された」「(盗まれた)データは公開されるだろう」
自らを「LockBit(ロックビット)」と名乗る、国際的サイバー犯罪集団の仕業だった。暗号化されたデータの復元と引き換えに金銭を要求する「ランサムウェア(身代金ウイルス)」攻撃を仕掛ける。いま、世界の企業や組織が規模の大小を問わず被害を受けている。
半田病院では電子カルテや会計などすべてのシステムがダウン。過去分も含めて8万5千人分の患者データが失われ、バックアップも被害を受けていた。
一夜が明け、病院事業管理者の須藤泰史医師はサイバーテロ対策本部を立ち上げ、非常事態を宣言した。そこで「最低限の診療を行う」方針が決まった。
救急や新規の患者の受け入れを中止し、予約患者のみ診察する。退院できる患者には退院してもらい、手術も可能な限り延期する。県西部で唯一受け入れていたお産も断るしかない。電子カルテが復活するまで、手書きでしのごう――。
地域医療を支える基幹病院は、事実上機能を停止した。目の前に広がる光景に、須藤医師は実感した。
「これは災害だ」
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サイバー攻撃で大混乱に陥った病院は、復旧に向けて職員総出でぎりぎりの状況を乗り切っている。その現場を取材した。(編集委員・須藤龍也、斉藤智子)
記事の後半では、通常診療の再開に向けて苦闘する病院職員たちの様子を描きます。また、病院が狙われるという深刻な事態について、セキュリティー専門家に聞きました。
ランサムウェア(身代金ウイ…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル