能登半島地震で被災した石川県輪島市に続き、珠洲市と能登町の中学生計約140人も21日、金沢市内へ集団避難した。4日前に親元を離れて避難した輪島の中学生たちは、いま、どんな暮らしをしているのか。 LINEで送られてくるご飯の写真 目下の気がかりは… 輪島中3年の田上礼(れい)さん(15)と遥(はる)さんは双子の兄妹。避難先である白山市内の施設での生活について毎日、母親の香織さん(49)とLINEで連絡を取り合っている。 香織さんによると、遥さんからは3食のご飯の写真が送られてくる。最近はお弁当が配られているという。被災後は家族4人で車中泊をしてきた。「カップ麺ばかりだったので、野菜や魚もあって安心しました」 兄の礼さんは自分から連絡してこないが、「元気?」と尋ねると、「うん」という意味のスタンプが返ってくる。「男の子にはご飯が足りているか、少し心配です」と香織さん。 17日の出発前、「親と離れるのが不安」と口をそろえていた2人。目下の心配事は間近に迫った私立高校の受験という。香織さんもまだ授業が始まっていないという報道を見て不安を感じている。週末に外出許可が出されるのに合わせ、通信教育に必要なタブレット端末を2人に渡すという。 「これから雪も降るので毎週会うとはいきませんが、2人からは『外食をしたい』と言われています」 県教育委員会によると、避難先ではまだ授業は行われておらず、生活環境を整えている段階。同行した教員らが現在、具体的な授業計画を考えているという。 食事を巡っては、避難先の二つの施設のうち一つで食材の確保が間に合わず、初日の17日の夕食は総菜パン2個だった。ただ、翌日以降はカレーや定食などのメニューに改善された。 改めての避難希望、「定員オーバー」で断られたケースも 17日の集団避難では、輪島… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
人手確保のリアリズム 工科高を卒業する外国ルーツ生徒に企業の視線
「リフト上げまーす」 生徒の一人が天井からぶら下がるスイッチを押すと、乗用車がじわりと持ち上がる。ホイールカバーを外そうとして、力の入れ加減が分からず、突然パカッと取れた。 「びびった~」。顔を見合わせて笑う高校1年生の実習グループ5人のうち、1人がネパール、もう1人が中国出身だ。 物づくりの中小企業が集積する東京都大田区に都立六郷工科高校はある。6年前、外国籍の生徒が作文と面接で受検できる「在京外国人生徒」対象の学校となった。1年生113人のうち、27人が外国にルーツがある生徒たちだという。 夢はトヨタに入社すること オートモビル工学科の実習に参加していた1年生のサプコタ・ラジェスさんは、14歳でネパールから来た。「卒業したら車の会社に入りたい」。同郷のクラスメートが口をはさむ。「やっぱり夢はトヨタだよね」 その夢には、先例がある。昨… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「子どもたちの居場所を」 能登を愛する移住者たち、避難所で支援
能登半島地震で被災した石川県珠洲市で、移住者らが、避難所生活を送る子どもたちの居場所づくりを進めている。「住めば住むほど良い場所」という能登。その未来を担う子どもたちを支える取り組みだ。 「今日はポテチをいっぱい食べちゃおう」 18日、避難所となっている県立飯田高校(珠洲市)の音楽室。同市への移住者らでつくるNPO法人「ガクソー」のメンバーが高校生3人に語りかけると、「いぇーい」と歓声があがった。 高校1年の宮元晴一郎さんは連日来ている常連だ。地震で自宅が傾き、祖母や母、姉弟と1日に飯田高に避難した。 慣れない避難所生活でストレスがたまっていたが、ガクソーのメンバーと遊んだり、同年代の子どもたちと交流したりすることでリラックスできたという。 「子どもの空間は貴重」 「避難所で大人に囲まれ、子… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
祭り屋台で「笑顔に」 露天商が避難所で炊き出し 子供連れら列
被災者を少しでも笑顔にしたい――。富山県内の露天商約20人が、能登半島地震で被災した石川県七尾市の小学校で20日、炊きだしをした。出店のプロが提供したのは、子どもに人気の軽食約1千食分。ひととき、祭りのような光景が広がり、被災者から笑みがこぼれた。 20日午後、七尾港に近い七尾市立小丸山小学校に屋台が6軒並び、避難者や子ども連れが列をつくった。約100人が身を寄せる同校の避難所では、断水が続き、いつ学校が再開できるか先が見通せない状況だ。 そんな避難所の人たちを励まそうと、露天商らは、お好み焼きを巻いた「はしまき」、たこ焼き、ポテトフライ、「10円玉パン」などを提供。子どもにはリンゴあめやイチゴあめも手渡し、輪投げ遊びも用意した。 自宅被災でも…駆けつけた露天商の思い 4月に新入生になる島崎りの… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
7年コンビニでバイトした青葉被告 「夢はないのか」責められ立腹
「ゲーム音楽を作る仕事」に憧れを抱いた青葉真司被告(45)は、埼玉県内の定時制高校を卒業すると都内の音楽系の専門学校に進んだ。高校の仲の良い同級生2人も一緒だった。 しかし1年後、埼玉に戻ってきた。妹は、青葉被告が「あの学校で学ぶものは何もない。時間の無駄だった」「先生に質問しても『お前にはまだ早い』と言われた」と話していたのを覚えているという。 4年制の定時制高校を卒業したため、他の専門学校生から「一つ年を食っている」ことをバカにされたのも大きかったようだ。 シンセサイザーやサックスなどの楽器を持ち帰ってきて、妹に譲ったり売り払ったりしたという。 1年間の学費や生活費は「新聞奨学金」でまかなった。新聞販売所の寮で寝泊まりしながら、午前3時に起きて折り込みチラシを新聞に挟み、配達へ。午前7時に作業を終えると、朝食をとって専門学校へ向かった。 夕方6時ごろに帰宅すると、新聞の集金や残った仕事を片付けて解放されるのが夜の9時だったという。 契約を結んだ1年間は続けた。しかし、他の従業員と仕事への姿勢が合わず辞めた。 帰郷した後は、父親と妹が2人で暮らすさいたま市内のアパートに住みながら、コンビニのバイトを始めた。 「4カ月か半年くらい」後に、一人暮らしを始めるために埼玉県春日部市のアパートに移り住んだ。 妹は公判で、「父と折り合いが悪かったからいずれ出て行くと思っていた」と述懐した。「お金がない」という青葉被告をバイト先の弁当店に呼び、総菜を分けたこともあるという。 布団で亡くなった父 母と十数年ぶりに再会 その3カ月後、青葉被告が2… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
今村翔吾さんが育てる「秘境の文筆家」 宮崎・椎葉村が募集へ
朝日新聞デジタルに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。Copyright © The Asahi Shimbun Company. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
めざせ、花いけバトルの甲子園 僕らが見つけた新たな「居場所」
【動画】「花いけバトル」に挑む高校生=上田潤撮影 まだ青く、色づく前の広島県産のモミジ、赤や黄色のバラ、菊の花、流木、竹――。昨年7月、「全国高校生花いけバトル広島大会」のステージに数十種類の植物が並んだ。参加する高校生らが「バトル」で使う花材の山だ。 「大会最後のラウンドです。悔いのない花いけを!」 大会MCの男性の声が響き、ゴングが鳴る。広島市西区の広島工業大学高校2年、太尾田(たおだ)悠斗さん(17)は花材の山にダッシュして花をかき集め、背後の大きな花瓶に生け始めた。 2017年に始まった「全国高校生花いけバトル」は、制限時間5分以内に2人1組で花を生け、できばえを競う大会だ。地区大会では審査員3人が持ち点100点で評価する。作品の完成度だけでなく、所作なども審査の対象だ。観客によるジャッジもある。 この日、太尾田さんは1年生の女子生徒とペアを組み、予選ラウンドと準決勝は僅差(きんさ)で勝ち抜いた。 迎えた決勝では先鋒(せんぽう)と次鋒(じほう)に分かれ、個人作品の合計点を競う。先鋒戦で4点を追う結果になったが、次鋒の太尾田さんに点差を意識する余裕はなかった。「まさかこんなところまで来るとは……。頭が真っ白でした」 部員16人、全員初心者の強豪 太尾田さんは1年の春、バド… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
学校制服に昭和以来のモデルチェンジの波 メーカーも「時代」に対応
中学・高校の制服に、昭和以来のモデルチェンジの波が訪れている。2023年から新制服を採用したのは全国の中高で747校に上る。 同じデザインによる大量生産の時代から、いまや各校の個性を反映した「学校制服」が定着、ジェンダーレスの流れも相まつ。少子化にもかかわらず大手メーカーは生産・流通体制の増強に追われる。 「その日、着たいものを」 昨年12月1日、岡山市北区の県立岡山南高校。報道陣に今春からの新制服がお披露目された。男子の詰め襟を廃止し、男女共通の紺地のブレザーとスラックスを導入。夏服には白の半袖ポロシャツも新たに採用した。 一方、女子のセーラー服や冬用の白色ジャケットは残した。通称「白ジャケ」は学内外の人気が高く、今回のモデルチェンジを担当した菅公学生服(岡山市)のグループ会社の営業担当、長尾桐帆さんは「現役も卒業生も白ジャケを残すことでは満場一致。白ジャケの持つイメージを新しいブレザーにもどう落とし込むか考えました」と話す。 ブレザーの襟元に茶色でアク… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「お前ならできる」恩師に支えられた青葉被告 幻覚も自然に消えた
《(街中を歩いていると誰かが)寄ってきて何か言ってくるようなのを感じた。人混みの中だとそういうのがあった》 青葉真司被告(45)は公判で弁護士から中学生のころの体験を問われ、こう語った。 しかし兄に相談すると「根性がないからいけないんだ。根性で治せ」と言われ、医師にも相談しなかったという。 この時期、中2で公立中学から別の公立中学へ転校した。ところが、居心地が悪く、次第にまったく登校しなくなった。 中3になり、妹と同じフリースクールに通い始めた。 《学年の異なる15人ほどが学んでいた。学習内容は中学校と変わらなかったが、疑問に対して(人数が少ないので)全部答えてもらった。それで逆に興味を持って行くようになった》 公判で青葉被告は当時を振り返った。 特に理科のイシハラ先生に「なついていた記憶がある」という。卒業後は働くつもりだったが、定時制高校に進むことにした。イシハラ先生に報告すると、「お前なら絶対できる」「フリースクールにはもう戻ってくるなよ」と励ましてくれたという。 高校が「一番良い時代だった」 バイトにやりがい 1994年4月、県内有数の進学校に併設された定時制(4年課程)に入学した。 この時期の幻覚症状について… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
遺骨研究めぐり、アイヌ民族と研究者が対話「権利への配慮欠けた」
北海道アイヌ協会や日本人類学会など4学協会は20日、アイヌ民族の研究について語るシンポジウムを札幌市中央区で開いた。遺骨を用いた研究などをめぐって、研究者とアイヌ民族の対話の場として企画され、約100人が参加した。 道アイヌ協会の大川勝理事長は「研究成果が研究者の世界だけで論じられ、アイヌ民族が置かれている状況の改善に生かされてこなかったとの声がある。過去を顧みて今後に結びつける取り組みが不可欠だ」と強調した。 これに対し、日本人類学会と日本考古学協会、日本文化人類学会の研究者が、アイヌ民族に関する研究の成果や歴史を報告した。 日本考古学協会の矢島国雄・明治大名誉教授は「過去のアイヌ文化研究に問題があったことは認識しなければならない。調査される側の価値観や権利への配慮が欠けていたことは否定できない」と述べた。 研究をめぐっては、明治から… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル