能登半島地震の被災地支援のため、東京都品川区は20日、石川県輪島市に物資を搬送した。 区は今月4日に「被災地支援本部」を設置。輪島市からの要請を受け、10日に下着や消毒液などトラック2台分の物品を搬送した。再び要請を受け、2度目の物資搬送を決めた。 今回はトラック4台分で、アルファ化米1万3500食▽ビスケット6540食▽飲料水1008本▽下着男女各1万8千セット▽手指消毒液300本▽大人用おむつ3700枚▽ブルーシート1600枚▽ペーパー歯磨き1万530回分――の計8品目。森沢恭子区長は「区の代表として、支援物資とともに品川区民の思いをしっかりと届けてきてほしい」とした。 また、地震により住宅が損壊するなど継続して住むことが難しくなった被災地の世帯を対象に、区は公営住宅計10戸を無償提供する予定だ。(野田枝里子) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
21日にかけ関東甲信で積雪予報、23区も 山沿いで警報級の可能性
関東甲信では20日夜から21日にかけ、山沿いなどを中心に大雪となる恐れがあり、東京23区でも積雪が見込まれている。気象庁は、予想よりも気温が低くなった場合、山沿いでは警報級の大雪の可能性があるほか、交通障害や路面の凍結などに注意を呼びかけている。 気象庁によると、20日夕時点の予報で、21日午後6時までの24時間で予想される降雪量は、いずれも多い所で、関東北部の山地で50センチ、甲信で30センチ、関東北部の平地で25センチ、多摩で20センチ、関東南部の平地で2センチなど。 大雪の予報は、前線を伴った低気圧が本州の南岸を発達しながら関東の東を通過することによる。20日午後から雨や雪が降り始め、翌21日にかけて山沿いを中心に大雪となる可能性がある。 能登は雨の予報 能登半島地震の被災地である能登地方では、21日は雨が予想されている。(金子和史) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
電気・水道ないけれど 「自分は床屋」 倒壊免れた店で営業再開
「ああ、髪切りたいわぁ」――。地震による建物の倒壊は免れたが、水道と電気は止まったままの理髪店が、避難所で共に過ごす常連客の声にこたえ、営業を再開した。 能登半島地震で住宅の多くが倒壊した石川県珠洲市の正院地区。4代目の瓶子(へいし)明人さん(41)が自宅で営む理髪店「ヘアーサロンHEISHI」は20日、6人の常連客を迎えた。 外は雨模様で、店内は薄暗い。バッテリーから給電するライト2個が手元を照らし、水とポットのお湯を避難所から持ち込んで、シャワーや蒸しタオルづくりに使う。 「今日は避難所も静かだね。みんな金沢に脱出したんかな」。バリカンで髪を刈りながら、避難所で過ごしている男性と言葉を交わす。40分ほどで、顔そり、シャワー、肩もみを手際よく終わらせた。 地震直後は消防団員として、家屋の下敷きになった女性の救助や、津波から高台への避難誘導をした。その後、妻子は市外に一時避難したが、自身は両親と近くの小学校で避難生活を送りながら、運営を手伝った。 「自分は床屋だから、はさみを持つことしかできないし、これで生活している。ボランティアカットは違うかな」 同業者から取り寄せた電動ポンプでくみ上げるシャワーや、支援物資で寄せられたバッテリーを使う営業方法を考えた。13日、電話をかけてきた常連客が訪れ、地震後初めて髪を切った。 一帯では取材直後の午後3時ごろに、電気が復旧。店内のブレーカーを調整すると、天井の電気はついた。 祖父が建てたという自宅兼店舗は、液状化の影響で傾いた場所もある。水道が復旧する見通しもたっていない。「もう直せんわ。ワゴンで移動式の床屋でもやろうかな。まずは、何でも屋でやらんと」(林敏行) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「下を向いてもいられん」能登島で寒ブリ漁再開、大物が次々と水揚げ
能登半島地震で被災した石川県七尾市の能登島にある鰀目(えのめ)漁港で、定置網漁が再開した。いまは寒ブリの最盛期で、10キロを超す大物が次々と水揚げされている。道路の損傷や断水など課題は多く残っているが、地元の漁師は「ずっと下を向いてもいられん」と前に進み始めている。 18日午前4時過ぎ、能登島沖の真っ暗な海から、3隻の漁船が次々と帰ってきた。小雨が降る中、漁師たちが水揚げされた魚を慣れた手つきで仕分けていく。目にとまるのは一抱えもある寒ブリだ。この日も白い腹が肥えたブリが、1隻当たり数十本ずつ水揚げされ、金沢の市場などへ出荷されていった。 県によると、地震や津波で、県内69漁港のうち58港が地面の隆起などの被害を受けた。船や定置網への被害も甚大で、再開のめどがついていない港が大半だ。鰀目漁港も製氷機が使えなくなった影響などで漁を見合わせていた。しかし、金沢の市場からトラックで氷を運ぶ手はずが整い、10日に漁を再開した。 七尾市内の大部分では断水が… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「このままでは沈んでしまう」被災した和倉温泉、3団体が支援要望
能登半島地震で被災した石川県七尾市の和倉温泉旅館協同組合など3団体が19日、市長や市議会に救済措置を求める要望書を提出した。組合の谷崎裕理事長は「このままでは和倉温泉が沈んでしまう」と訴え、上下水道の早期復旧や運転資金の支援などを求めた。 要望書を提出したのは七尾市商工会議所、和倉温泉観光協会、和倉温泉旅館組合の市内3団体。 和倉温泉の旅館は建物の壁が崩れたり、水が出なくなったりしたため全22軒が当面休業している。市内の大半を占める県が運営する水道は復旧に2カ月余りかかる見通しだが、3団体は「国の力を借りてでも少しでも早くできないか」と要望。水道復旧までに配管やタンクの点検を進めるため、早急な給水車の派遣も求めた。 茶谷義隆市長は水道復旧の明確な時期はわからないと説明した上で、「貯水槽に水を入れれば営業再開できる事業所も多々あると聞いている。そういうところには給水車を配備して、一日でも早く事業再開できるようにしたい」と応じた。 組合によると、旅館の宿泊予約は1~3月分がほとんどがキャンセルになり、4月以降も予約が埋まらない状況が続いているという。当面の運転資金を確保するため、キャンセル料や廃棄した10日分の原材料費を市や県が穴埋めすることを求めた。他にも、旅館裏の崩れた護岸を放置すれば二次災害につながる恐れがあるとして、早期改修に向けた支援を要望している。(若井琢水) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
無数のひび割れに「ため息しか…」 輪島「白米千枚田」修復には時間
国の名勝に指定され、多くの観光客も訪れる石川県輪島市の「白米(しろよね)千枚田」にも能登半島地震の爪痕が残っていた。 日本海を望む傾斜地に広がる大小合わせて1004枚の棚田には、無数のひび割れが入り、落石があった。地滑りが起こり、海側に崩れた場所もあった。冬季にもかかわらず、水が張られた田んぼもあった。地下水が上がってきたためという。海岸線を見ると地盤が隆起しているのが見えた。 例年、5月上旬の田植えに向け、4月中旬には水が張られるが、現時点では難しそうだ。耕作する地元住民(60)は「何をどうしたら良いのか。ため息しか出なかった。修復には時間がかかる。棚田を1枚ずつ確認して、また米作りをしたい」と話した。(長島一浩) Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
木村次郎衆院議員が政治資金収支報告書を訂正へ 金額は「精査中」
自民党派閥の政治資金パーティー収入をめぐる事件で、安倍派(清和政策研究会)に所属する青森3区選出の木村次郎衆院議員(56)が19日、自身の政治資金収支報告書の修正準備を進めていると明らかにした。派閥からキックバック(環流)を受けた金額や期間については「精査中」と答えた。 事件をめぐっては、派閥のパーティー券販売で所属議員に課したノルマを超えた分を議員側に還流していたが、その資金の流れを、派閥の政治資金収支報告書にも議員側の報告書にも記していない疑いがある。 安倍派は同日夜、東京都内の党本部で議員総会を開き、所属議員に対して派閥の政治資金収支報告書を訂正する方針を説明した。総会後、木村氏は朝日新聞の取材に応じ、自身の報告書についても修正する考えを示した。 木村氏は元県知事の故・木村守男氏の次男で、同じく衆院議員だった兄・太郎氏が亡くなったのを受け、2017年の衆院選で初当選。現在2期目。太郎氏も清和政策研究会に所属していた。 昨年12月に問題が発覚後… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
「神宿る島」見つめ、神拝まず 小道に消えた女性、島民は追いかけた
九州本土からフェリーで25分。世界遺産もある大島(福岡県宗像(むなかた)市)に来た20代女性の目的は、観光ではなかった。 昨年10月29日、人口約550人の島は、秋の大祭で各地域から家族が集い、にぎわっていた。 島民たちが歌い踊る演芸大会で祭りを締めくくった午後3時過ぎのことだ。いずれも大島在住のアルバイトの田志正弘さん(70)と漁師の田志龍吉さん(66)、藤島一政さん(80)の3人が後片付けのため、島の北部にある宗像大社の沖津宮遥拝(ようはい)所に向かうと、リュックサックを背負った20代の女性が1人、海を見つめていた。 海を隔てた先には、世界遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の中核をなす沖ノ島がある。沖ノ島に上陸はできないが、春と秋の大祭は、島を拝むために遙拝所が開かれる数少ない機会だ。 「神様、見にきたんか?」。正弘さんが声をかけた。 女性はびっくりしたように「あっ」と声を上げた。「神様って、なんですか」 その返事に、3人は「おや」… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
仕事一筋だった父が残したアルバム「こんなに愛情を」 投稿すると…
兵庫県西脇市で造園業を営む田中成人(なると)さん(60)は3年前、実家へ遺品整理に訪れた。 14年前に母の八重子さんを亡くした後、忙しさもあって先延ばしにしていた。 「日本のへそ」と呼ばれる街の住宅街にある二軒長屋。かつて1階で、父、耕三郎さんがとんかつ屋を営んでいた。元々は地場産業の織物工場に勤めていたが、先行きを見すえ、転身したのだという。 2階の物置だった6畳間に入ると、部屋の棚に、年代順に並べられたアルバムを見つけた。200冊ほど。台紙の端は日に焼けていた。 父が撮りためたものだった。 記憶にある父は、いつも忙しく働いていた。1階から呼ばれ、店を手伝うことも多かった。 週末に遊びに連れて行ってもらえる友達がうらやましく、「なんで自営業なの」と思ったこともある。 「写真のおっちゃん」 愛用していた二眼レフ そういえば、近所の子たちか… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
プロ引退の決断におじいちゃんの言葉 「何かを得るときじゃけぇ」
【動画】パラ陸上女子走り幅跳びの中西麻耶さん=上田潤撮影 長崎と広島、それぞれで被爆した2人の「おじいちゃん」に支えられてきたパラ陸上女子走り幅跳びの中西麻耶さん(38)。昨年7月の世界選手権で銅メダルを獲得し、今夏のパリ・パラリンピックの日本の出場枠を勝ち取った。だが、その3カ月後にプロでの活動を終えると発表。新たな環境でパラリンピックを目指す決断や、「おじいちゃん」への思いを聞いた。 ――16年間のプロ生活を終えました。変化はありましたか。 SNSで発表する時は、これで自由にできるんだという開放感が大きかったです。 それまでは試合で下手をこいたら明日にでも契約を切られるかもしれないし、年齢も重ねてきて新記録も毎回出るわけではないので、周りから「もうだめなんじゃない?」という反応も感じていました。 さすがに38歳になったら応援してくれないんじゃないのかなとか、東京パラリンピックが終わったらみんな(応援が)引いちゃうんじゃないのかなという恐怖心も持ちながら生活をしていました。 今はある意味、無責任に陸上ができるようになって、すっきり楽しく毎日練習できています。アマチュア選手として、また違った競技ができるような気がします。 プロなら跳んでなんぼで、無理をしてでも大会に出ていましたが、そういう陸上中心の生活をやめました。まず社会人としてごはんを食べることから始めないといけないので、講演の仕事とのバランスを取りながらアルバイトするっていう感じです。お金が底をつけば陸上自体やめますし、パラリンピックも自己負担金の金額によっては辞退するかもしれないです。 ――プロをやめた理由は何ですか。 プロになったきっかけは、渡… Source : 社会 – 朝日新聞デジタル